MotoEは“終了”。それでもドゥカティが電動バイク開発を続ける理由とは
電動バイクレースFIM MotoE World Championshipのワンメイクマシンサプライヤーを務めたのが、ドゥカティだ。
MotoEを電動バイクの開発現場としてきたドゥカティは、MotoEの終了をどう受け止めたのか。
そして、今後の電動バイクの開発はどうなるのか。
ドゥカティのeモビリティ・ディレクター、ロベルト・カネさんに話を聞いた。
ドゥカティ「V21L」©Eri Ito
MotoE終了についての見解
FIM MotoE World Championship(以下、MotoE)は、電動バイクによって争われるチャンピオンシップである。
ドゥカティは、2023年から2025年にかけて、このMotoEのワンメイクマシンサプライヤーを担った。供給されたのは「V21L」。これは、ドゥカティがMotoEのために開発した電動レーサーである。
しかし、2019年からスタートしたMotoEは、7シーズン目の2025年をもって終了となった。この決定、そして今後のドゥカティの電動バイクの開発について、ドゥカティのeモビリティ・ディレクター、ロベルト・カネさんに話を聞いた。
取材したのは、「MotoEは2025年シーズンをもって“休止”する」と発表された、サンマリノ大会(MotoGP第16戦サンマリノGP併催)である。9月11日木曜日に行われたこの発表を受けて、MotoEのレースが終わった土曜日、レース後の忙しいなか、筆者はカネさんに少しだけ時間を作ってもらうことができた。
ドゥカティのeモビリティ・ディレクター、ロベルト・カネさん©Eri Ito
「最初に、とても残念に思っています。個人的にも、本当に素晴らしい選手権だと思っていました。ずっと見てきたので、終わってしまうのは悲しいですね」
MotoEの終了について聞くと、カネさんはそう言った。
今回の発表については、「『終わる』というよりも、『しばらく停止する、保留にする』、と言ったほうがいいと思います」というのが、カネさんの見解である。
「ご存じの通り、ドルナの説明にもあったように、主な理由はスポンサー不足です。そして現在、電動モーターサイクル産業そのものが、この選手権を始めた当初に期待していた方向へは進んでいないように見えます」
カネさんのコメントについて、少し補足したい。2025年シーズン、MotoEは初年度2019年からのタイトルスポンサーであったEnelを失った。このため、チャンピオンシップの名称も2024年までは「FIM Enel MotoE World Championship」だったが、2025年は「FIM MotoE World Championship」となっている。
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9月11日の発表は、実際のところ、「FIMとドルナ・スポーツは、2025年シーズンをもってMotoEを休止することに合意した」というものだった。ただ、2019年初年度の第1回大会からMotoEを取材し、また、発表後にMotoEのエグゼクティブ・ディレクター、ニコラ・グベールさんに取材をした筆者の私見としては、ほとんど「終了」であろうと考えている(もちろん、今後、電動バイクのレースが再び行われる可能性がない、と言っているわけではない)。
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MotoEは7シーズンにわたってヨーロッパで開催されるMotoGPに併催されてきた©Eri Ito
ドゥカティは電動化の取り組みを継続する
興味深いのは、続くカネさんの答えだ。
「ドゥカティとしては、電動化への取り組み自体はこれからも続けていきます。というのも、この選手権の当初の目的は、電動モーターサイクルの開発を担える人材やグループを育てることだったからです。その考え方自体をやめるつもりはありません。私たちは今後もその取り組みを続けていきます。新しい技術的ソリューションをテストするための開発用バイクも引き続き運用していきます」
「これは、ドゥカティとしての考え方であり、このカテゴリーのモーターサイクルに対する私たちの目標でもあります。私はここ(ミサノ)に来る前にミュンヘンに行き、そこでV21Lのプロトタイプを披露しました。新しいソリッドステートバッテリーパック(全固体電池)を搭載したモデルです」
「これは将来の電動化にとって非常に興味深いものになると思っています。というのも、(全固体電池の)この技術によって体積エネルギー密度と重量エネルギー密度を高めることができるだけでなく、セルの安全性を高めることもできるからです。そして、この技術はバッテリーパックの充電時間を短縮することにも役立ちます」
「この技術はドゥカティにとって非常に興味深いものですし、こうした技術を発展させていくために、今後もフォルクスワーゲン(VW)グループ各社と協力して取り組みを続けていきます」
では、MotoEという“実験室”がなくなったあと、ドゥカティはどのように電動バイクの開発を進めるのか。
「最初に説明しておきたいのは、現時点でフォルクスワーゲングループと一緒に進めているのは、新しいバッテリーセルの開発だけだということです。それ以外の、バッテリーパックそのものの開発や、電動モーター、インバーター、そして車両全体の開発については、すべてドゥカティ社内で行っています。これらの要素は、私たち自身が開発しているものです。もちろん、VWグループ各社との連携はとても深く、とても有意義で役立つものになっていますけどね」
「MotoEは私たちにとって“実験室”のような存在で、データを集める意味でも非常に重要だったので、本当に残念です。しかし今後については、ドゥカティとして既に持っている開発用バイクを引き続き活用し、開発を継続していく計画です」
「これまでのように(MotoEで)年間7〜8週末で多数のライダーが走る機会はなくなりますが、私たちには社内のテストライダーがいますし、異なる種類のプロトタイプ開発も進めています。つまり、社内のリソースを活用しながら開発を継続していく、というのが私たちの考えです」
このあたりの回答は具体的ではなかったが、ドゥカティが電動の開発を継続するのは確かだ。MotoEの“終了”が発表された9月11日同日に、ドゥカティは「電動化の研究を継続する」とリリースで発表し、今後の電動バイク開発への姿勢を明示している。
リリースの一部を以下に抜粋する。(ドゥカティの9月11日付リリースより)
『様々な研究開発活動の一環として、ドゥカティはエネルギー密度の高いバッテリーパックを実現するための新しい技術について、フォルクスワーゲングループ各社とともに研究およびテストを継続している。9月8日には、クオンタムスケープ製の全固体電池を搭載し、アウディおよびPowerCoと共同開発されたV21L初のプロトタイプがミュンヘンのIAAモビリティ(※IAA MOBILITY 2025)で初公開された。このモーターサイクルは開発の最初の一歩であり、内燃機関に代わる技術に関するドゥカティの継続的な研究を証明するものだ。』
カネさんの見解。電動モータースポーツの課題とは
カネさんの考えでは、「オンロード」の電動モータースポーツにとって、いちばんの課題は「重量(車両重量)」であるという。「V21L」の車両重量は、2025年型で216.2kg。「V21L」の車格はおおよそ1000ccクラスである。MotoGPマシンと比較すると、MotoGPマシンの最低車両重量は157kgなので、50kg以上重い。
ただ、排気量1000㏄の市販車をベースに争われるFIM世界耐久選手権(以下、EWC)のSSTクラスでは燃料タンクと車載燃料等を除いた最低車両重量が170kg(2025年のレギュレーションによる)であり、実際にEWCにドゥカティのパニガーレV4で参戦したMotoEライダー、マッテオ・フェラーリによれば、「EWCバイク(SST)は、満タン時はMotoEマシンとほとんど同じ(重さ)だ」と語っていた。
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ただし、MotoEの場合は周回数がかなり短く、7~8周だった。トータルのレースタイムは、11~13分程度である。ラップタイムとしてはMoto3よりも速いけれど、Moto2よりも遅い。パフォーマンスと車両重量をバランスさせた結果の現状だった。つまり、2025年時点の「V21L」は、上述のレースパフォーマンスでMotoGPのような周回数を走ることはできない。
「特に、ドゥカティが提供しているようなカテゴリーのバイクにおいては、車両重量が大きな課題になります」
「ご存じの通り、ドゥカティはかなりハイレンジに位置しているブランドで、小型スクーターを作っているわけではなく、パワフルで高性能なモーターサイクルを作っています。ですからドゥカティとしては、十分なパワーがなく、そして少なくとも標準的なモーターサイクルと同等の操作性を持たないバイクを、お客様に提供することはできません。私たちが目指しているのは、『妥協した二番手の選択肢』ではない電動バイクです。標準的な内燃機関のバイクに非常に近い存在である、そういう電動モーターサイクルを実現したいのです」
そして、カネさんはこうも語る。
「その目標に向けて、私たちは最適な方法と技術を探りながら、設計、開発に取り組んでいます。ドゥカティのロード向け(電動)バイクは、いずれみなさんの前に登場するでしょう。ただし、そのときに登場するバイクは、間違いなく“素晴らしい性能”を持ったものになります」
2025年12月には、EUでは2035年までのガソリン車およびディーゼル車の新車販売禁止が緩和される、と報じられている。こうした方針の転換は技術的側面だけが理由ではないだろうが、EUの電動化の流れは停滞しつつあることは確かだ。
こうした状況ではあるが、ドゥカティは電動バイクの開発を“休止”するわけではない、と言う。そして、ドゥカティが電動バイクをリリースするのであれば、それはカネさんが言うように“ドゥカティの”電動バイクになるだろう。いつか来るかもしれない「その日」を、楽しみに待ちたい。
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