「なぜ電動版MotoGPを目指したのか」。電動バイクレースMotoEの誤算

電動バイクレースMotoEを7年間取材してきた伊藤英里が、2025年をもって終了したことについて書きました。7年間のMotoE取材の集大成と言えるかもしれません。こういう形で終わってしまったのは、個人的にも残念に思います。
伊藤英里 2025.12.29
誰でも

2025年最終戦ポルトガル大会をもって、FIM MotoE World Championshipは終了した。

「なぜ、MotoEは終わったのか」。

2019年初年度からMotoEを取材してきた伊藤英里が、その理由を考察する。

2025年、終了したMotoE

2025年シーズンをもって、電動バイクレースFIM MotoE World Championship(以下、MotoE)は終了となった。私はこの選手権の初年度2019年の第1回大会ドイツ大会から最後の大会となった2025年最終戦ポルトガル大会まで、追いかけ、現地で取材を続けてきた。

これまでにMotoE終了に際して、関係者への取材をもとに記事を書いたが、今回は、7年間MotoEを取材してきた伊藤英里が、これらとは異なる観点からMotoEが終了した理由を考えていきたい。

最初に、電動バイクレースMotoEについて、少し説明しておこう。MotoEは、2019年に始まった電動バイクによって争われるチャンピオンシップだ。ヨーロッパで開催されるMotoGPに併催され、2025年シーズンは全7戦14レース(1戦2レース開催)だった。

マシンとタイヤはワンメイク。マシンについては、最終年の2025年はドゥカティがサプライヤーで、この選手権のために開発した電動レーサー「V21L」を供給していた。タイヤは、2019年から2025年まで一貫してミシュランがサプライヤーを務めた。

MotoEの「終了」について補足すると、9月11日に発表されたリリースには「FIMとドルナ・スポーツは、2025年シーズンをもってMotoEを休止することに合意した」とある。ただ、再開のめどは立っておらず、事実上の「終了」と見ていいだろう。

2025年MotoEチャンピオンを獲得したのは、アレッサンドロ・ザッコーネ©Eri Ito

2025年MotoEチャンピオンを獲得したのは、アレッサンドロ・ザッコーネ©Eri Ito

MotoE終了の外的要因

MotoE終了の大きな要因の一つは、市場の状況である。これは「電動バイクレースMotoEは、なぜ終わりを迎えるのか。エグゼクティブ・ディレクターに聞く」に書いたし、今回の主題ではないので、軽く触れることにする。詳しくはリンクの記事に書いているので、ご一読いただければ幸いです。

2019年にMotoEが始まったとき、多くのメーカーは電動のスポーツバイクに興味を示していた。しかし、現在の状況は当時と同じではなくなった。

一つには、技術の進化だ。特に積載量とスペースが限られているバイクにとって、バッテリーの進化は必須だったが、7年間で期待したようにはバッテリーの技術が進化しなかった。

もう一つが、電動バイクを取り巻く情勢の変化だ。2025年12月、EUにおける2035年までのガソリン車およびディーゼル車の新車販売禁止の緩和が報じられた。この決定は突然ではなく、私がMotoEを現地で取材しながら感じていたのは、ここ数年にかけて「電動バイクは逆風にさらされつつある」ということだった。

2024年をもって、MotoEからタイトルスポンサーであるEnelが撤退した。この理由として、MotoEエグゼクティブ・ディレクターのニコラ・グベールさんは「Enelの経営陣が変わったことに伴い、意向が変わった」と説明しているが、ここに時勢の変化がまったく含まれていなかったとは考えにくい。

誤解のないように付け加えたいのだが、私は今後、電動バイクがすべてなくなるとは思わない。コミューターやビジネスバイクのように、自転車や原付一種に代わる日常の足、あるいは「お仕事バイク」としてはポジションを得ているし、今後も続いていくだろう。バイクとは違うけれど、ホンダのUNI-ONEのようなモビリティも、電動の新しい可能性になるだろうと思う。

ただ、こと「スポーツバイク」というカテゴリーになると、少なくとも現状では難しかった。グベールさんによると、2019年当時は、電動スポーツバイクに多くのメーカーが興味を持っていたというが、2025年の現在に至っても、市販されている電動スポーツバイクはかなり少ない。メーカーが電動スポーツバイクを出さなければ、電動スポーツバイクで争う選手権であるMotoEは興味を持たれにくい。こうした状況から、MotoEは終了という決断に至った。と、ニコラ・グベールさんは説明している。

選手権としてのMotoEの失敗

7年間、MotoEを取材してきた私としては、もちろんグベールさんが説明するような変化も理解していたし、MotoEが多くの人に興味を持たれづらい状況にあることもわかっていた。ただ、「電動バイクのレースとして、もう少しやり方があったのではないか」とも考えている。

まず、大前提として、MotoEが目指していたのは「スタートからゴールまで、ライダーがバッテリー残量を考えずに全力で攻める」レースであった。もっと簡単に言えば、「MotoGPの電動版」だった。このため、周回数はとても短く、7~8周で行われていた。

また、MotoGPに併催されていたこともあり、興行レースとして行われていた。マシンがワンメイクだった理由もそこにある。2019年当時、まだ多くのメーカーは電動スポーツバイクを持っていなかった。そこで、すでに市販の電動スポーツバイクをラインアップしていたイタリアの電動バイクメーカー、エネルジカ・モーターカンパニーがマシンサプライヤーとなった。供給したのは市販車「Ego(エゴ)」をレース用にチューニングした「Ego Corsa(エゴ・コルサ)」である。

MotoEが始まったとき、「なぜマシンがワンメイクなのか。オープン・コンペティションでなければ技術が発展しないだろう」という声が多く上がったが、プロモーターであるドルナ・スポーツがワンメイクマシンでMotoEを始めたのは、「まだ電動バイクの性能がそろっていない」ことが理由だった。オープンにすれば、性能の異なる電動バイクでの争いとなってしまい、つまらないレースになる、ということだ。興行レースであるがゆえの判断であり、その観点では理解できる。

だが、状況としては矛盾が生じている。エネルジカのあとにワンメイクマシンサプライヤーとなったドゥカティは、もちろん電動バイクの知見を開発、蓄積するためにこの選手権に参戦していた。ワンメイクタイヤサプライヤーのミシュランは、2019年からサステナブル素材を使ったタイヤを供給し続け、MotoEはサステナブル素材のタイヤ開発において、重要な“実験室”だった。そして、供給されていたのはシーズンを通して1スペックのタイヤだった。もし興行レース色をもっと強めたいのなら、MotoGPクラスのようにタイヤ選択があってもよかっただろう。マシンサプライヤーとタイヤサプライヤーとしては、MotoEは開発色の強いレースだった、ということだ。

ドゥカティの電動レーサー「V21L」©Eri Ito

ドゥカティの電動レーサー「V21L」©Eri Ito

ミシュランのMotoEタイヤには「サステナブル素材を使っているタイヤ」であることを視覚的に伝えるためのデザインが施されている。このデザインは、性能には影響しない©Eri Ito

ミシュランのMotoEタイヤには「サステナブル素材を使っているタイヤ」であることを視覚的に伝えるためのデザインが施されている。このデザインは、性能には影響しない©Eri Ito

この“ねじれ”は、ドルナのMotoEのプロモーションにも見られる。MotoEを興行レースとするならば、「MotoGPの電動版」のようなコンセプトはそぐわなかったのではないか、と私は考えている。同じ種類のレースなら、世界最高峰のMotoGPクラスを見るし、ファンはMotoEにエキゾーストノートや高い人気を誇るライダーたちが「欠けている」と感じるだろう。

もっと電動バイクレースらしい可能性が、あったのではないか。私はこれまでに、グベールさんに「電動バイクレースらしい見せ方をどう考えていますか」と繰り返し質問してきた。例えば、2025年フランス大会(MotoGP第6戦フランスGP併催)で「MotoEらしい魅力とは何でしょうか? 例えば、バッテリーをマネジメントするレースなどの可能性は?」と聞いたとき、グベールさんはこう回答している。

「私たちは、(MotoEを)フォーミュラEと同じようにはしたくなかったのです。(電費を考えることは)ライダーの仕事じゃない。ライダーが、ストレートですべての力を使えないのなら、それは普通のレースではないと思います」

それは、「レースとして」考えれば確かに一理ある。ただ、「電動バイクレースとしての魅力」を考えれば、疑問が残った。

例えば、開催場所。MotoGPと併催であったがゆえに、MotoEはサーキットで行われてきた。けれど、もし、開催場所が屋内であったならばどうだろうか(その場合、もちろんMotoGPとの併催は難しいけれど)。

私はこれまでに、ロンドンで開催された電気自動車で争われるフォーミュラEを、2回(2023年、2024年)見た。日本の有明で開催された東京E-Prixは、開催時期にヨーロッパにいたので観戦できなかったのである。

ロンドンE-Prixは最終コーナーからメインストレート、セクター1の前半あたりまでがコンベンションセンターの中にあった。ピットなども屋内だ。観戦席も屋内にあったので、雨天でも快適に観戦できた。こうした屋内での開催は、電動のモータースポーツにしかできない、可能性の一つだと考えている。

屋内での開催および観戦では、「音」を感じることができる。フォーミュラEやMotoEではエキゾーストノートはないが、その代わりにモーター音やブレーキング時のスキール音が響く。普段はエキゾーストノートに隠れている音だ。選手がいかに激しいブレーキングをしているのかが伝わり、聞けば興奮を掻き立てられる。こうした音は、「圧迫感のない」モータースポーツの音として感じられる。特に電動バイクはその音が大きくはないので、屋内では、よりしっかりと感じられるだろう。

もちろん、こうした屋内開催は、電動バイクの場合は簡単ではない。安全性の観点から、十分なエスケープゾーンが必要だからだ。ただ、一部を屋内にするなどといった可能性もあったのではないか──これはサーキットで開催されるMotoGPの併催である限り、難しかったのだろうとは思うのだが。

あるいは、バッテリーの残量を明示して、レースのエキサイティングさは残しながら、バッテリーマネジメントを争うこともできただろう。

実際のところ、MotoEのレース中には数名のライダーのバッテリー残量が映像に映し出されていた。ただ、全員分の情報は提供されなかったし、最後までバッテリーがもつことは明白だったので、バッテリー残量を見たところでレースを楽しむ情報として捉えづらかった。

「V21L」の性能という点でも、まだ余地があった。例えば、一時的に出力を高める機能などを、ドゥカティは付与することもできた。これは、ドゥカティのeモビリティ・ディレクター、ロベルト・カネさんに確認済みだ。

ただ、ドルナがそれを望まなかった。その理由は、MotoEのコンセプトによる(スタートからゴールまでライダーが攻める)。瞬間的な出力向上は、二輪レースにおいては危険を伴う可能性があるが、MotoEでは使用タイミングの制限と出力を制御することで、コントロールすることが可能だったのではないか、と私は考えている。特に、ドゥカティは「V21L」に、MotoGPで培った電子制御の知見──最高峰のテクノロジーだ──を投入していた。

電動のロードレースの可能性

現状で言えば、電動バイクのモータースポーツで、ロードレースは難しい状況にあると言えるだろう。ただ、オフロードの電動モータースポーツについては、今後、かなり可能性があると考えている。これは、グベールさんも同じ意見だ。いや、おそらくバイクに携わる人々の多くがそう感じているはずだ。

2025年シーズン全日本トライアル選手権では、ヤマハ・ファクトリー・レーシング・チームの黒山健一が、電動トライアルバイク「TY-E 3.0」で、IAスーパーのチャンピオンを獲得した。電動のトライアルバイクとしては、史上初となる快挙である。

ホンダには、電動モトクロスバイク「CR エレクトリック・プロト」、電動トライアルバイク「RTLエレクトリック」がある。「RTLエレクトリック」については、2024年末に青山で行われた「ホンダ・レーシング2024シーズン・フィナーレ」で藤波貴久に取材したとき、「(トライアルが電動化する)可能性は高いと思います」と話していた。また、2024年、全日本トライアル選手権に藤波が実戦テストとして参戦した際には、トライアル世界選手権で19連覇を達成したトニー・ボウも「RTLエレクトリック」に大きな興味を寄せていた、ということだった。

MotoEでは、併催されているにも関わらず、MotoGPライダーがMotoEに興味を抱いている様子を感じたことはほとんどなかった。トライアルでは選手側の意識もロードレースとは異なっていることがわかる。

技術的な可能性ばかりではない。観戦する側にとっても、電動モータースポーツの恩恵がある。それは、「エキゾーストノートがないこと」だ。

エキゾーストノートをモータースポーツの楽しさ、興奮の一つだと捉えているモータースポーツファンは多いし、もちろん、私もその一人だ。ただ、モータースポーツのファン以外では、エキゾーストノートを圧迫感のある音だと捉える人もいる。その音で「怖い」と感じる子どももいるだろう。

一例をご紹介したい。2024年2月、大阪の万博記念公園で「FIM E-Xplorer World Cup」大阪大会が行われた。これは電動バイクによるオール・テレイン・レースで、ホンダの電動モトクロスバイク「CR エレクトリック・プロト」やスペインの電動オフロード、モトクロスメーカーであるSTARK FUTUREなどが参戦した。

万博記念公園で開催されたE-Xplorer。2025年は残念ながら開催がなかった©Eri Ito

万博記念公園で開催されたE-Xplorer。2025年は残念ながら開催がなかった©Eri Ito

特徴的だったのは、コースが万博記念公園の一部に設置され、観客席からコースが一望できたこと(とてもコンパクトなコースだった)。そして、観客席の外からも、公園に遊びに来た小さい子ども連れの家族などが足を止めてレースを見ることができる環境で、多くの人──本当に小さな子どもも楽しそうに見ていた──がレースに見入っていたことだ。これがエキゾーストノートを含む、サーキットのように広大な場所で行われるレースだったら、こうはいかなかっただろうと想像する。人によっては「怖い」と感じる音がなく、おおよその展開を知ることができるレース会場だったから、「より多くの」モータースポーツを知らない人の関心を引くことができたのだろう。

電動バイクには、こうした「これまでの内燃機関のバイクによるモータースポーツ」とは異なる可能性が存在している。モータースポーツの可能性を広げるという意味で、とても興味深い。

残念ながら、電動の二輪ロードレースには、まだ多くの課題が残っている。ただ、今後のことは誰にもわからない。電動の二輪ロードレースはこのまましばらく沈黙を守るかもしれないし、革新的な技術が出現して、画期的なモータースポーツとして登場するかもしれない。もしも再び電動の二輪ロードレースを見ることができるなら、そのときは、「これぞ新しいモータースポーツだ」と感じるものであるはずだ。そう信じて、また出会うときを待ちたい。

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