電動バイクレースMotoEは、なぜ終わりを迎えるのか。エグゼクティブ・ディレクターに聞く
7シーズン目を迎えた電動バイクレースFIM MotoE World Championshipが、今季をもって終了となると発表された。
「未来のレース」としての期待を背負って始まったMotoEは、なぜ終止符を打つことになったのか。
エグゼクティブ・ディレクターのニコラ・グベールに話を聞いた。
突然の「終了」という発表
電動バイクレースFIM MotoE World Championship(MotoE)が2025年シーズンをもって終了すると発表されたのは、サンマリノ大会(MotoGPサンマリノGPに併催)の木曜日、9月11日のことだった。
MotoEは、2019年に始まった電動バイクによって争われるチャンピオンシップである。2025年シーズンは全7戦14レース(1戦2レース開催)で、MotoGPに併催される。マシンはドゥカティ、タイヤはミシュランのワンメイク。ドゥカティはMotoEのために開発した電動レーサー、V21Lを供給している。また、ミシュランが供給するタイヤには、サスティナブル素材が使われているのも特徴だ。
7シーズン目を迎えた今季、ドルナからのプレスリリースには「休止」とあったが、再開のめどは立っておらず、それが事実上の「終了」であることは明らかだった。
筆者は初年度である2019年シーズンの、第1回大会であるドイツ大会からこの電動バイクの選手権の取材を続けてきた。そして実際のところ、「終了」の報について大きな驚きはない。
おおまかにその理由を述べれば、人気と注目度がほとんど上がらなかった、ということになる。電動バイクの動向は思ったよりも(2019年当時に考えていたよりも)ずっとゆっくりで、電動バイクの存在がなくなることはないだろうという確信はありつつも、どのメーカーにしろ、オンロードのスポーツカテゴリーに軸足を置くことに対して様子を窺っている感がある。そして、バッテリーがスポーツバイクの期待に応えられるほど進化していない。
──果たして、オンロードのモータースポーツは、電動バイクにとって適切なのだろうか? 少なくとも二輪にとっては、まだ難しいのではないか。
取材を続け、電動バイクを取り巻く環境と進化、そして二輪ロードレースとの相性を見ながら、疑問を感じていたのは事実である。といっても、MotoEが注目を浴びなかった(浴びないままに終わった)理由はそれだけではない、と筆者は考えている。これについては、MotoEの最終戦ポルトガル大会後に予定している記事にて詳しく書くつもりだ。
しかし、まずは「休止」の理由を確認しよう。その発表があった当日、筆者はすぐさまMotoEエグゼクティブ・ディレクターのニコラ・グベールに連絡を取り、話を聞くことができた。
「この1年間、いろいろなメーカーさんと話をしました。日本、ヨーロッパ、アメリカ、中国……、けれど、どのメーカーも、(電動の)スポーツバイクを作る予定がないのです」
「つまり、近い将来、マーケットでメーカーさんが電動スポーツバイクを出さないということになります。そうなると、我々としてはMotoEを続ける意味があまりないのです。7年前は、エネルジカさんと始めました。彼らは(電動の)スポーツバイクを持っており、当時はいろいろなメーカーさんから興味があると言われました」
「ただ、今の状況は少し違います。近い将来として、あまり(電動バイクに)興味がないようなのです。車の方もだいたい同じ状況です。というわけで、ストップした方がいいという結論になりました」
グベールは、MotoE終了の理由をそう説明する。メーカーが電動スポーツバイクをつくらなければ、スポーツバイクで争うMotoEは人々の興味、関心を集めにくい。MotoEは興行レースとして行われており、人気が出なければ継続することは難しい、ということになる。
「ドゥカティやミシュランとは来年の終わりまで契約があったので、今年の終わりか来年の終わりに、シリーズを終えるという二つの選択肢がありました。しかし、来年に終わる場合、チームにとってはスポンサーが付きませんから、非常に難しいのです。ですから、今年の終わりでおしまいした方がいいということになりました」
「残念に思っていますが、こういう結論しかありませんでした。おそらく、我々が早すぎたのだと思います」
グベールはそう言って、少し寂しそうに微笑んだ。
期待したように進まなかった電動バイクの進化
2019年当時、彼らは電動バイクがさらに進化すると考えていた。メーカーが電動化に向かい、その進化にともなってスポーツタイプの電動バイクが市場に登場することを期待していた。しかし、そうはならなかった。
もちろん、電動スポーツバイクがまったくないわけではない。例えば、ドゥカティの前にMotoEのマシンサプライヤーだったイタリアの電動バイクメーカー、エネルジカ・モーターカンパニーは、市販のスポーツバイク「エゴ(EGO)」をレース用にチューンした「エゴ・コルサ」を供給した。(なお、エネルジカは2022年にMotoEのマシンサプライヤーの役目を終えたあと、2024年10月に破産手続きを行っている。)
また、アメリカに拠点を置くZero Motorcyclesには、フルカウルスポーツと言える「SR/S」をラインアップに揃えている。カワサキにも「Ninja e-1」がある。
ただ、市販されている電動スポーツバイクが非常に少ないのが現状だ。現在、ドゥカティがMotoEに供給しているのは、この選手権のために開発した電動レーサーである。そんなドゥカティであっても、いまだ電動バイクの市販化はされていない。同じように、トライアンフ、ホンダ、ヤマハなども、電動のスポーツバイクに関しては、ほとんどプロトタイプの段階に留まっている。
少なくとも現在は、ということだが、スポーツバイクへの模索はされているものの、電動バイク(あるいは電動モビリティ)は、コミューターにその居場所を見出している。ポジティブな側面としては、電動スクーターなどは内燃エンジンのスクーターよりも扱いやすいため。ネガティブな側面としては、走行距離の短さという問題があるために、コミューターの使い方に留まらざるをえない、という理由があるだろう。
モータースポーツが「バイク」という物を使って競うスポーツである以上、こうした市場の動向の影響を受けるのは避けられないことだ。先にも述べたように、電動スポーツバイクが販売され、なじみのあるものにならなければ、MotoEの人気も出にくい。
「メーカーさんに電気のバイクを作る予定がないのなら、もちろん我々(MotoE)のお客さんも少ないわけです。すべてはリンクしていますからね。この先続けても、興味を持ってもらいにくいと考えたのです」
電動のスポーツタイプに発展しづらい現状の背景には、バッテリーの進化が一つにある。電動バイクにおいて非常に重要であるバッテリーのテクノロジーも期待したようなスピードで進歩しなかった。もちろん進歩はしたのだが、期待したようなもの──内燃エンジンのエネルギー効率を超えるものではなかった、ということだ。
「バッテリーがそれほど大きく進化していないし、値段もまだ結構高いんですね。それから、インフラの整備です。イタリアやスペインには、あまり充電スタンドがありません」
日本に比べれば、イタリアやスペインでも大都市では充電スタンドを多く見かけるが、それでも十分ではない。
「例えば、フランスの高速道路では(充電スタンドが)たくさんあります。電気自動車なら、どこでも行ける。けれど、バイクを買う時は高速道路を走ることを目的としないでしょう。だから、難しい。時間がかかることなんです」
「バッテリーの進化があれば……」
そんなグベールに「電動バイクでロードレースをするのは、まだ少し速いのかもしれない。オフロードの方が可能性が大きいように思います」と話すと、彼も「そうですね」と同意した。
国内メーカーにおける競技用車両としては、ホンダには電動オフロードバイク「CR ELECTRIC PROTO」、電動トライアルバイク「RTL ELECTRIC」、ヤマハには電動トライアルバイク「TY-E」があり、すでに実戦投入されている。
「いちばん向いているのはトライアルでしょうね。大きいバッテリーが不要ですから。もう一つは、スーパークロスやモトクロスです。スペインのスターク(Stark Future)のバイクはとてもいい。HRCさんも、いいバイクを持っています」
「ただ、FIMと話をしたところ、困ったこともあるみたいですね。電動と内燃のバイクを一緒に競わせることに難色を示すメーカーもあるそうなんです。というのも、性能のバランス、そのレギュレーションが難しいからです」
「ただ、絶対に(電動)オフロードの方がスムーズにいくと思います。メーカーさんがバイクを出して、レースもする。そうすると、だんだん電動バイクの人気が出てくるはずです」
「時間がかかるでしょうけれどね。あとは、バッテリーの進化があれば……」
結局のところ、この問題に帰結する。言うなれば、バッテリーが十分に進化し、内燃機関のエネルギー効率と同じくらいになれば一つの大きな問題は解決する、とも言える。もちろん、それだけですべての問題が解消されるわけではないが、バッテリーが進化して電動バイク市場が活性化し、注目されるようになれば──、すなわち電動バイクのレースもまた、興味を持ってもらいやすくなるだろう。
「当初のV21Lのバッテリーのセルは約1200個でしたが、今年は(出力は変わらずに)960個になりました。このセルのメーカーさんが、また新しいモデルを出したんです。まだV21Lに使用されていない、最新のセルです。そのモデルでは、800個のセルで同じ出力を発揮できます。つまり、3~4年の間に、1200個のセルから800個にまで減っているのです」
バッテリーパック内部のセル。1個あたり人差し指1本分くらいの大きさ。これが今年は1152個から960個になり、車両重量の軽量化(216.2kg)に貢献した©Eri Ito
それはつまり、バッテリーパックの軽量化に貢献することになる。
「だから絶対に、進歩していますけれど……、まだ、足りないのです」
「バッテリーが大きく進化すれば、またロードレースを開催する可能性があります。今は、新しいバッテリーのセルを持っています」
7シーズンで終止符を打つことになったMotoEの最後のレースは、MotoGP第21戦ポルトガルGPに併催で、11月8日、アウトドローモ・インターナショナル・アルガルベで行われる。今季は最終戦までチャンピオン争いがもつれたので、ここで最後のMotoE王者が決定する。
すでに登録済みの方は こちら