電動バイクレースMotoE|エグゼクティブ・ディレクターとドゥカティeモビリティ・ディレクターに問う。「今後、MotoEはどのように成長していくべきか」
FIM MotoE World Championship(以下、MotoE)は、2019年から始まり、今年で7シーズン目を迎えた。今季のMotoEは、チャンピオンシップとしてどう変化したのか。ワンメイクマシンであるドゥカティのV21Lは、どう進化したのか。そして、7シーズン目を迎えた電動バイクによるロードレースは、今後、どのように成長していく可能性があるのだろうか。
2025年シーズンMotoE開幕戦フランス大会(MotoGP第6戦フランスGP併催/ル・マン-ブガッティ・サーキット)で行った、MotoEのエグゼクティブ・ディレクター、ニコラ・グベールさん、ドゥカティのeモビリティ・ディレクター、ロベルト・カネさんのインタビューを交えて、「現在のMotoE」と「電動バイクによるロードレースの展望」をお届けする。
2025年MotoEの概要
最初に、2025年シーズンのMotoEについて整理しよう。すでに終了した開幕戦フランス大会を含め、シーズンは全7戦。1戦2レース制のため、全7戦14レースが予定されている。2024年までは最終戦としてサンマリノ大会が設定されるのが常だったが、11月のポルトガル大会が最終戦となっているのが今季のカレンダーの特徴だ。
2019年に始まったMotoEは全4戦から始まり、コロナ禍を経て順調にシーズンのレース数を増やして、2023年、2024年には全8戦16レースが行われた。つまり、2025年シーズンは1戦減少したことになる。この理由は、後述する。
参戦チームはMotoGP、Moto2、Moto3クラスのチームで、9チーム全18名のライダーがエントリーしている。マシンはドゥカティがMotoEのために開発した電動レーサー、V21Lのワンメイク。タイヤはミシュランのワンメイクである。
タイヤについては、サスティナブル素材(再生可能またはリサイクル素材)が使用されたタイヤが供給されている。この割合は年々増え、2025年のタイヤは、フロントが58%、リアが56%になった(2024年はフロント49%、リア53%)。フロント、リアともにブロックタイヤのような網目状の模様がデザインされているが、これは性能に影響するものではなく、数周も走れば消える。このデザインは、「サスティナブル素材を使ったタイヤであること」を象徴するために施されたものである。

サスティナブル素材のタイヤ。網目の模様はパフォーマンスに影響しない、デザイン©Eri Ito
2025年型ドゥカティV21Lの進化とは
ドゥカティの電動レーサー、V21Lの進化について触れていこう。2023年からMotoEのワンメイクマシンサプライヤーとなったドゥカティは、初年度に、「バッテリー冷却システム」「リアの電気ブレーキ」といった独自のテクノロジーを用いた電動レーサーを登場させた。このマシンで2023年と2024年シーズンを戦い、2025年、満を持して大きな進化を遂げた。
最大の変化は、バッテリーパックである。セルが従来の4.2Ahから、エネルギー密度の高い5Ahに変更され、セルの総数が1152個から960個に減少した。これによって、マシン出力および航続距離は変わらないまま、バッテリーパックだけで8.2kgの軽量化を実現している。
ただし、バッテリーパック自体の大きさは変わっていない。パッテリーパックの外装はカーボン製で、剛性をもたせる設計になっているからだ。V21Lはこのバッテリーパックもシャシーの一部としてデザインされているのである。つまり、サイズは変わらないが、内部が軽くなったということだ。
また、特にトラクション・コントロールが向上した。これまではサーキットの全てのセクターで同じトラクション・コントロールが使用されていた。しかし、今年からはMotoGP同様に、セクターによってトラクション・コントロールを設定できるようになり、ライダーは走りながらマッピングを切り替えて走ることができるようになった。
リアリムも変更された。ただし、これは第2戦オランダ大会からの投入だ。これまでは内燃エンジンの市販バイクに使われるリアホイール内部にゴム製のダンパーが入っているものが使用されていた。しかし、電動バイクは内燃エンジンに比べて振動が少ないため、このダンパーがない、より薄いリアリムが使用されることになった。つまり、リアリムも軽量になったというわけだ。
こうした車体自体が軽量化した。車両重量は、2024年までの225kgから、2025年は216.2kgになった。なお、初年度2019年の車両重量は260kgだったので(2019年から2022年までのマシンサプライヤーはエネルジカ・モーターカンパニー)、7年をかけて45kgほど軽くなったことになる。
なお、MotoEエグゼクティブ・ディレクターのニコラ・グベールさんの話によると「マッテオ・フェラーリと話をしたのですが、彼は世界耐久選手権(EWC)ル・マン24時間にドゥカティのストックバイクで参戦したのです。彼曰く、2025年型MotoEマシンとEWCドゥカティストックバイクは、重さが近いのだそうです」とのこと。
これがドルナの意向でもあった。つまり、「パワーや周回数は変わらなくていいので車両重量を軽くしてください。まずは200kgくらいのバイクを作りましょう」ということだ。
その理由について、グベールさんはこのように説明している。
「一つは、安全性。もう一つは、アクシデントがあったときにマーシャルがバイクを運べるようにするためです。バイクが重いと、運び出すのに時間がかかります。バルセロナのテストで、転倒したバイクをマーシャルが運び出せなかったことがありました。ですから、車両重量200kgが、最初のターゲットだったのです」
現在のV21Lは、110kW(150cv)、140Nmで、レース周回数は2025年については7周または8周に設定されている。この周回数は、ライダーがスタートからゴールまで「電費を考えずに全力で攻めて戦える周回数」として考えられているものだ。この条件のもと、車両重量は内燃エンジンのそれに近づいてきたと言えるだろう。

バッテリーパック内部を構成するセル。これは2024年のもの©Eri Ito
Enelの撤退と今季の充電状況
2025年シーズンのMotoEにおいて、大きな変化はもう一つある。Enelの撤退と、それによる充電システムの変更だ。先に述べた、シーズンのレース数が2024年よりも1戦減った理由はここにある。
2019年から2024年までタイトルスポンサーを務めたEnelは、MotoEのために開発した充電器を供給していた。バッテリーを内蔵したこの充電器によって、MotoEマシンはどのサーキットでも充電ができ、ポータブル充電器によってグリッド上の充電が可能だった。
しかし、EnelはMotoEから撤退した。Enelの筆頭株主はイタリア政府の経済財務省(23.6%の株式を保有)である。すでに民営化されたとはいえ、政府が影響力を持っている会社だ。イタリア政府が変わったときにEnelの経営陣も変わり、彼らの意向はサッカーのスポンサーをすることだった。Enelの現場スタッフはMotoEを続けることを望み、社内で奔走したが叶わなかった。MotoE撤退が伝えられたのは、2024年8月だったという。ヨーロッパの会社は9月に翌年の予算を組み始めるのだから、この伝達時期は遅かった。こうした状況から、ドルナは2025年のタイトルスポンサー、新しい充電器の供給元を見つけることができなかったのだ。
というわけで、今季のMotoEは、サーキットの送電網を使用しなければならなくなった。V21Lの充電に必要な電力は、1台あたり20kW。全ライダー分18台と予備などを含めておよそ400kWが必要になる。この電力供給の可能、不可能なサーキット(主にヨーロッパ)によって、2025年シーズンのMotoEカレンダーは決定された。よって、1戦が減ったのだ。
2025年は、アメリカのバッテリー技術企業であるPower SonicのEV充電およびエネルギー・ストレージ部門であるEVESCOの充電器が使用されている。EVESCOの充電器はバッテリーを内蔵しないので、サーキットの送電網からEVESCOの充電器を介して充電が行われる。ショッピングモールや高速道路のサービスエリアに設置されたEVカー向け充電器をイメージしてもらえればわかりやすいだろう。特殊なレース専用充電器を用いずに充電するようになったのが今季、とも言える。
グベールさん曰く、2019年と比べれば状況も人の考え方も変わったそうだ。
「(MotoEが始まる前の2018年)全サーキットに『どのくらいの電力を提供できますか?』と尋ねたところ、『400kWは絶対に無理』だと全サーキットが言い、断られました。ですから、その状況を、Enelが特別な充電器を作ることで解決したのです」
「でも、2024年の終わりに同じ質問をしたところ、『できる』と言うところがありました。この6年で、状況が変わったのです」
なお、充電時間はこれまでと変わらず、バッテリーをほぼ使い切った状態からフル充電までにかかる時間は、約1時間である。MotoEのレースウイークのスケジュール上、この充電時間で十分に対応できる。

EVESCOの充電器。1台で2台のマシンを充電できる©Eri Ito

充電ポートはシート後方にある©Eri Ito

充電中の様子©Eri Ito

2024年まではグリッド上で充電が行われたが、今季はそれがない。タイヤウオーマー用には、小さなバッテリー(左の青い機材)が供給されている©Eri Ito
7年目のMotoE、今後の成長は?
では、7シーズン目を迎えたMotoEは、今後、電動バイクレースとして、どのように成長していくべきだろうか?
チャンピオンシップとしてのMotoEの成長について、グベールさんはこう答えた。
「技術的には、けっこううまくいっているとは思います。今のドゥカティのバイクは、内燃エンジンから乗り換えたライダーがすぐに、2時間くらいで慣れることができるんです。普通のレーシングマシンみたいにね。最初のころ(エネルジカ・エゴ・コルサ)は違いました。エネルジカはレーシングマシンではなく市販車ベースで、重かったですしね。時間がかかったのです。また、どんな天気や気温であっても、問題が起きていません。技術的にはうまくいっています」
「けれど、思ったよりも人気が出ていないのです……」
グベールさんはそこで大きなため息をついた。
「とても残念です。とても難しいですね」
「わたしがミシュランにいたとき(※グベールさんは元ミシュランのテクニカル・ディレクター)、ミシュランはフォーミュラEにタイヤを供給していたので、何度も見に行きました。様々なメーカーが参戦しているし、有名な、強いドライバーが参戦していますが、テレビやラジオではあまり放送されていません」
グベールさんは、公道を走る電動バイク(あるいはEVカー)が増えなければ、電動のモータースポーツも注目されにくいと考えている。
「わたしの考えでは、EVカーや電動バイクにまだ人気がないことが問題なのです。公道で多くのEVカーが走らないと、レースの人気が出ることは難しいでしょうね。今はヨーロッパで(電動化は)17%。アメリカは12%です。日本はもっと少ないですよね。中国は多くて、約40%です。人気になるまでに、思ったよりも時間がかかっています」
そうした状況を踏まえ、「MotoEらしい選手権の魅力とは何でしょう」と尋ねた。筆者は2019年の初年度第1回大会のドイツ大会から、MotoEを取材し続けている。電動バイクレースならではの面白さ、魅力も理解しているつもりだ。しかし、その魅力はまだ小さく、選手権の特徴は一見するとMotoGPと変わらない。それならば、ファンはMotoGPを見るだろう……。
グベールさんの答えはこのようなものだった。

MotoEエグゼクティブ・ディレクター、ニコラ・グベールさん©Eri Ito
「わたしたちは、MotoEをフォーミュラEと同じにはしたくなかったのです。(電費を考えることは)ライダーの仕事ではないからです。ライダーがストレートで全てのパワーを使えないのなら、それは普通のレースではないと思います」
「けれど、今、とてもポジティブなことがあります。ホンダさんやスペインのStarkさんといった、とてもいい電動モトクロスバイクを持っているメーカーがあるんです。モトクロスでは、電動バイクはもっと簡単にいいバイクを作れます。モトクロスはスピードが(ロードに比べて)遅いので、大きなバッテリーが不要だからですね。電動モトクロスバイクの重さは、内燃エンジンのバイクとあまり変わらないんですよ。バッテリーが小さくて、8kWほどしかないんです。MotoEマシンの40%です。人気が出てきたら、来年は電動モトクロスだけの世界選手権になるでしょう。オフロードでは電動バイクはすごくいいと思います。そのあとにMotoEを見に来るかもしれません」
つまり、グベールさんは電動オフロードバイクの発展により、電動オンロード(ロードレース)に興味が拡大することを期待しているのだ。確かに、現状の電動バイクの特徴を考えると、オンロードよりもオフロードに向いている。ホンダやヤマハもまた、競技用車両としてはトライアルバイクやモトクロスバイクから着手している。
「オンロードのバイクを作るには、大きなバッテリーが必要です。ホンダさんやヤマハさんはまずオフロードのバイクを作って売り、その後、バッテリーが技術的に向上してもう少し安くなったらオンロードの電動バイクを販売するようになると思います」
電動バイクの進化を考えれば、おのずとバッテリーの進化が重要になる。それは誰もがわかっていた。ただ、その進化のスピードが、グベールさんが期待したものではなかった。
「(バッテリーの進化が)遅すぎますね……」と、グベールさんは苦笑した。
「バッテリー技術が向上すれば、距離はもちろんのこと、多くのメーカーさんが興味を持つでしょう。そうすれば、ワンメイクではなく2、3のメーカーが参戦するコンペティティブの選手権になり、大きな前進ができると思います。だけど、それまでにどのくらいかかるのか、誰にもわからないんですよね……(笑)」
では、この選手権にマシンを供給するドゥカティはどうだろうか。「MotoEはどう成長していくべきか?」と、ドゥカティのeモビリティ・ディレクター、ロベルト・カネさんに尋ねた。

ドゥカティのeモビリティ・ディレクター、ロベルト・カネさん©Eri Ito
「このチャンピオンシップは、いくつもの方向性に成長していけると思います。その成長の方向性の中には、必ずしもスタンダードなものとは限らないものもあるでしょう。つまり、それはオーガナイザーの発想次第だと思います」
「一つの方向性は──そうですね、わたしの考えでは──やはりテクノロジーの進化を追いかけていくことだと思います。電動バイクのあらゆるパーツ、たとえばバッテリーに至るまで、技術はどんどん進化していっていますから。もちろん電動化には、好意的な人もいればそうではない人もいます。ですが今のところ、ヨーロッパやアメリカでは電動化が一定のペースで進んでいるように見えます」
「わたしは、電動化はこれからも進み続けると思っています。この分野で活動している企業は成長を続けていて、新しい技術を次々と生み出しています。ですから、ドゥカティのような企業にとっても、この選手権にとっても、テクノロジーの方向性を追いかけていくことは非常に重要なんです」
「ただ、別の形の選手権を考えることもできると思います。今のMotoEは、ドルナからのリクエストで、レースの最初から最後までパフォーマンスが全く変わらないように設計されています。でも、少し変えることもできるかもしれません。例えば、もう少しバイクに負荷をかけるレギュレーションにして、エネルギーマネジメントが上手くできなければ最後まで走りきれない、そんなチャンピオンシップにすることもできるかもしれません。チャンピオンシップの形を変える可能性はたくさんあります」
「わたしの考えでは、この選手権をもっと開かれたものにして、わたしよりも若い人たちに参加してもらい、新しいアイデアを取り入れて、もっと若い世代に向けたものにしていけたら素晴らしいと思います。それが、一つの進化だと考えています」
カネさんには、一つの技術的な質問をした。フォーミュラEの“アタックモード”に該当するような、一時的に出力を上げることはV21Lにも可能なのか、というものだ。バイクではすでに、カワサキの市販電動バイクNinja e-1に、加速と最高速を15秒間にわたって向上させる“e-boost機能”が搭載されている。
カネさんによると、この機能はすでに検討されたという。
「ええ、可能です。これについてはドルナやニコラとも話し合いましたが、現時点では、レース中、バイクのパフォーマンスがスタートからフィニッシュまで一貫している状態を保つという方針が維持されています。これはドルナの判断ですが、技術的には可能です。電動システムなら、やろうと思えば何でもできるんですよ」
「ただ、フォーミュラEのようなブーストがMotoEに適しているのかはわかりません。検討できるアイデアはたくさんありますし、それらがこのカテゴリーにとって有益であれば、MotoEにも取り入れられるかもしれません」
確かに、電動バイクのロードレースを考えれば、バッテリーの進化を待たなければならないという側面はある。それでも、このカテゴリーには様々な、これまでとは違った可能性を内奥している。電動バイクならではのブーストやバッテリーマネジメントが必要なレース、あるいはもっと飛躍して、eスポーツのように外から実際の電動バイクを操るレースも可能かもしれない。音がないのなら(ただし、全くないわけではない)、これまでエキゾーストノートによってモータースポーツに触れる機会がなかった人が興味を持ちやすくもなるだろう。
ただ、現状のMotoEは“MotoGPの電動版”という枠に収まってしまっている気がしてならない。将来的に、MotoEはどのように発展していくのか。電動バイクのモータースポーツは、どのような独自の魅力を獲得していくのか。そこには、これまでとは違った、新しいモータースポーツの面白さや楽しみが存在しているはずだ。
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