ブリーラムの陽炎

MotoGP開幕戦タイGPの取材紀行です。
伊藤英里_Eri Ito 2025.03.19
誰でも

MotoGP開幕戦タイGPの取材を終えた月曜日、ブリーラムの空港に向けてレンタカーを走らせた。

チャン・インターナショナル・サーキットからブリーラム空港までは車で40kmほど。順調にいけば、1時間弱で空港に着く。

サーキット周辺は大きな通りがあり、比較的交通量が多い。慎重に車線変更をして、慎重に真っ直ぐ走る。この国の道では、日本の常識は通じない。バイクに乗る人は当たり前のようにヘルメットをかぶっていない。逆走するバイクにもよく出会う。タイは日本と同じく右ハンドル左車線走行だが、よく左車線の路肩をバイクが逆走してくるのだ。さすがに逆走する車はいないだろうと思っていたら、路肩を逆走する車にも遭遇したことがあって、このときばかりはコントのように二度見した。

混沌とした街中を抜けると、やがてクルマやバイクの数がぐっと減っていく。

左右には野原のような風景が広がって、背中に骨を浮かせた牛が草を食んでいる。茶色い牛だ。その風景が終わったと思うとまた別の野原があって、別の牛が草をもぐもぐと食べている。

その間を押しのけるように、2車線の道路が伸びている。

120㎞/hで走るぴかぴかの日本車のミニバンが猛スピードで右車線を駆け抜けていき、年季の入った乗用車や古いアンダーボーンのバイクがのんきに左車線を走っているのである。

私の感覚では「危ないほどのスピード差」なのだが、タイでは当たり前のことらしく、猛スピードで追い抜いていく車はなんでもない顔をしている。よく事故が起こらないものだ。

私は、そんな中を速すぎもせず、遅すぎもしないスピードで──おそらくは“日本的な”スピードで──レンタカーを走らせていた。ブリーラム空港で借りた、スズキの乗用車である。

長い直線の向こうはゆるい右カーブになっていて、ゆらゆらと歪んで見えた。なにしろ、この日もタイは35度近くまで気温が上がっていたのだ。それに、空気があまりよくないのかもしれない。

ゆるい右カーブに差し掛かると、電柱が両脇にずっと何本も立っていた。電柱の間には3本ずつ電線が張られている。右カーブの先は直線で、さらにその先はへびのようにくねっていた。へびの道は、やっぱりゆらゆらとゆらめいている。

繰り返しやって来る電柱と、3本の電線。揺らめく道の先。のんびりと草を食む茶色い牛たち。照りつける太陽。ビニール越しに見るような風景。

ずっとこうして走っていられたらいいのに、と思った。通り過ぎては繰り返しやってくる、あの電柱みたいに。

それから、今すぐにでもクルマを止めて家のベッドにもぐりこんでしまいたい、とも思った。

ゆらゆらとした道の先を抜けると、やがて看板が見えてくる。

ブリーラム空港は、もうすぐそこだった。

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